くろしろとしろくろ

黒と白、白と黒の日々

アジャイルの動機違い

 伝統的な階層型組織から、ミッションとパッションを芯にした自律分散型の組織へ向かう。アジャイルを組織に宿そうという動機はここに尽きる。このあたりが合って無ければ、同じアジャイルでも、「アジャイル違い」があらわとなる。いや、最初から「階層型組織の中でそこそこ生産性をあげたい」という期待設定しか持ち得ていないとしたら、このギャップに気づくことすらない。取り組んでいる側はそこそこの状況に満足する。

 

 表面的になぞったプラクティスの「適用」によって、「あの組織はアジャイルに取り組んでいる」という評判を得ることはできるだろう。ただ、読み解く人によっては、「同床異夢のアジャイル」であるとすぐに見抜くことになる。そして、スルーする。同じ言葉は使っているが、期待しているところが違いすぎる。その差分を埋める動機こそ、ない。あなたのアジャイルと、私のアジャイルで、交わることはない。交わったところで何も良いことがないから。

 

 一方で、「ミッションとパッションを芯にした自律分散型組織」と表現はできるが、実装は異様に難しい。これはスタートラインや背負っているもののビハインド具合から、妄想でしかないのではないかと思えてくる。それでも、その方角へと向かっていくには。「中間的生成的組織」を描くよりほか、私には手立てがない。階層型から離脱しながらも、圧倒的に不足する「熟達さ」を補える体制にする。大規模アジャイルの型の学習と移行に心を砕くのではなく、必要なところにつくれる場をつくることから始める。

 

 「中間的生成的組織」 にたどり着いたのは今年の大きな収穫であり、そして、最後の挑戦なのだろうと感じている。かといって、悲壮感を持つ必要はない。最後はAIが人の営みを一掃してくれるだろうから。